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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)410号 判決 1999年6月23日

京都市伏見区醍醐池田町10番地

トラヤハイツ4-A

原告

株式会社アーチスト

代表者代表取締役

大橋幸雄

訴訟代理人弁理士

小林良平

茨城県結城市大字北南茂呂56番地の1

被告

株式会社キスコム

代表者代表取締役

鶴巻成男

訴訟代理人弁護士

岡澤英世

主文

特許庁が、平成9年審判第9102号事件について、平成10年10月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、別添審決書写し別紙記載のとおり、「アーチスト」の片仮名文字を横書きしてなり、第41類「かつらに関する知識及び技術の教授、増毛法に関する知識及び技術の教授」を指定役務とする登録第3232126号商標(平成4年12月28日登録出願、平成8年12月25日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、平成9年5月28日、被告を被請求人として、本件商標につき登録無効の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成9年審判第9102号事件として審理した上、平成10年10月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月26日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、請求人(原告)の用いていた「アーチスト」の商標(以下「使用商標」という。)が、本件商標の登録商標出願時に我が国において、「かつらに関する研究及び販売者に対する助言、増毛法に関する研究及び販売者に対する助言」に使用する請求人の商標として、取引者、需要者間に広く認識されるに至っていたものとは認められないから、本件商標が、商標法4条1項10号の規定に違反して登録されたものということはできないので、同法46条1項の規定により、その登録を無効とすることはできないとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、本件商標が、別添審決書写し別紙記載のとおり、「アーチスト」の片仮名文字を横書きしてなり、第41類「かつらに関する知識及び技術の教授、増毛法に関する知識及び技術の教授」を指定役務とすることは認める。

審決は、使用商標「アーチスト」が、本件商標の登録出願時に我が国において、請求人(原告)が「かつらに関する研究及び販売者に対する助言、増毛法に関する研究及び販売者に対する助言」に使用する請求人(原告)の商標として、取引者、需要者間に広く認識されるに至っていたとは認められないと誤って判断している(取消事由)ので、違法として取り消されるべきである。

1  審決が、昭和63年7月5日開催の第32回関東甲信越理容競技大会のプログラム抜粋(審決甲第1号証、本訴甲第8号証)、昭和63年10月17日開催の第40回全国理容競技大会のプログラム抜粋(審決甲第2号証、本訴甲第16号証)及び平成1年10月16日開催の第41回全国理容競技大会のプログラム抜粋(審決甲第3号証、本訴甲第18号証。以下、これらのプログラムを併せて「本件各プログラム」という。)について、「これらは、本件商標の商標登録出願日以前の昭和63年7月5日、並びに同63年10月17日及び平成1年10月16日に開催された、関東甲信越、或いは全国を対象とした理容競技大会のプログラム(抜粋;各写し)であって、該プログラム中には、請求人の使用商標の表示とともに、請求人の業務に係る上記の商品、並びに役務に関する広告が掲載されていることが認められる」(審決書10頁24行~11頁5行)と認定したことは認めるが、「該広告に関する周知性を客観的に判断するための、前記理容競技大会の入場者数、該プログラムの印刷数、その配布対象及び配布数、並びに広告費用等が明示されていない。」(同11頁5~8行)と判断したことは誤りである。

すなわち、上記甲第16及び第18号証並びに本訴甲第10号証(昭和60年10月7日開催、第37回全国理容競技大会のプログラム抜粋)、本訴甲第12号証(昭和61年10月20日開催、第38回全国理容競技大会のプログラム抜粋)、本訴甲第14号証(昭和62年10月19日開催、第39回全国理容競技大会のプログラム抜粋)、本訴甲第20号証(平成2年10月23日開催、第42回全国理容競技大会のプログラム抜粋)及び本訴甲第22号証(平成3年10月21日開催、第43回全国理容競技大会のプログラム抜粋。以下、これらの全国理容競技大会のプログラム抜粋を併せて「本件全国大会各プログラム」という。)によれば、全国理容競技大会は、毎年各県持ち回りで開催されるものであるところ、後援者の中には厚生省が入っており、プログラム中には厚生大臣の祝辞が掲載されているし、大会評議員には、全国各県からそれぞれ1~8名が選任されているものと認められる。このように全国の理容業界を挙げて開催される競技大会であれば、そのプログラムは全国から多数参集する競技参加者はもとより、全国各県の理容業界団体にもそれぞれ相当部数が配布されていると考えるのが自然であり、かつ、それが配布される者が、各地から選抜された選手及び選ばれた役員であることを考えれば、大会の入場者数やプログラムの印刷数を別途求めるまでもなく、そこに掲載された広告の影響力は相当大きいものと判断すべきである。

そして、原告の広告は、各プログラムの裏表紙を開けたところの見開き2頁全面に掲載されているのであるから、そこに表示された役務の周知性については、それだけでも十分判断が可能なはずである。

ちなみに、原告は、商品区分第21類「かつら」を指定商品とし、被告の有する「アーチスト」なる商標(登録第2580933号商標)について、無効審判請求を行い、本件無効審判と同じ証拠を提出したところ、該審判において、審判官は、その証拠に現れている広告の周知性に何ら疑問を差し挟まず、当該商標を無効とする旨の審決を行っている(本訴甲第7号証)。

2  以上のとおり、審判において提出した証拠のみによっても、原告役務の周知性は証明されていると考えるが、さらに、本件全国大会各プログラムに関して、各大会の主催団体である各県又は府の理容(業)環境衛生同業組合による証明書(本訴甲第9、第11、第13、第15、第17、第19、第21及び第23号証)によれば、各大会の関係者・選手などの参加者数及び一般入場者数並びに該プログラムの発行部数及び配布数は、別紙のとおりである。

3  また、審決が、茨城県理容環境衛生同業組合の機関誌「理容茨城」(本訴甲第24~第26号証、審決甲第4~第6号証。以下、これらの機関誌を併せて「本件各機関誌」という。)について、「いずれも、本件商標の商標登録出願日以前の平成1年7月10日、同2年1月1日及び同2年4月30日に発行された、茨城理容環境衛生同業組合の機関誌(業界誌;各写し)であって、該機関誌中には、請求人の使用商標の表示とともに、請求人の業務に係る上記の商品、並びに役務に関する広告が掲載されていることが認められる」(審決書11頁9~15行)と認定したことは認めるが、「該広告に関する周知性を客観的に判断するための、該機関誌の発行部数、販売地域、購読者数、広告回数及び広告費用等が明示されていない。」(同頁15~18行)と認定した点に関しては、茨城県理容環境衛生同業組合発行の証明書(本訴甲第27号証)によって立証されており、この結果、使用商標は、需要者の間に広く認識されていたものと認められる。

さらに、原告は、新潟県、福島県、群馬県、千葉県、栃木県において、本件役務に係わる営業活動を行っており(本訴甲第30~第39号証)、これらによれば、被告所在地周辺においても、使用商標が原告の役務を表示するものと広く認識されていたことが理解される。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告の主張の取消事由は理由がない。

1  原告は、使用商標が、本件商標の登録出願時である平成4年12月28日の時点で、他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして、需要者の間に広く認識されていたものであることは、本件各プログラム(審決甲第1~第3号証、本訴甲第8号証、甲第16号証及び甲第18号証)、本件各機関誌(審決甲第4~第6号証、本訴甲第24~第26号証)、読売新聞1990年4月16日版(審決甲第7号証、本訴甲第28号証)及び下墅新聞1990年6月7日版(審決甲第8号証、本訴甲第29号証。以下、これらの新聞を「本件各新聞」という。)から明らかであると主張する。

しかし、本件各プログラムには、その周知性を客観的に判断するための、前記理容競技大会の入場者数、該プログラムの印刷数、その配布対象及び配布数、並びに広告費用等が明示されておらず、本件各機関誌にも、その周知性を客観的に判断するための、該機関誌の発行部数、販売地域、購読者数、広告回数及び広告費用等が明示されていない。さらに、本件各新聞には、原告による募金、寄付に関する記事の記載が認められるにすぎない。

2  したがって、この点に関する審決の認定(審決書10頁23行~11頁22行)に誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  審決の理由中、本件商標が、別添審決書写し別紙記載のとおり、「アーチスト」の片仮名文字を横書きしてなり、第41類「かつらに関する知識及び技術の教授、増毛法に関する知識及び技術の教授」を指定役務とすることは、当事者間に争いがない。

また、審決が、本件各プログラムについて、「これらは、本件商標の商標登録出願日以前の昭和63年7月5日、並びに同63年10月17日及び平成1年10月16日に開催された、関東甲信越、或いは全国を対象とした理容競技大会のプログラム(抜粋;各写し)であって、該プログラム中には、請求人の使用商標の表示とともに、請求人の業務に係る上記の商品、並びに役務に関する広告が掲載されていることが認められる」(審決書10頁24行~11頁5行)と認定したこと、本件各機関誌について、「いずれも、本件商標の商標登録出願日以前の平成1年7月10日、同2年1月1日及び同2年4月30日に発行された、茨城理容環境衛生同業組合の機関誌(業界誌;各写し)であって、該機関誌中には、請求人の使用商標の表示とともに、請求人の業務に係る上記の商品、並びに役務に関する広告が掲載されていることが認められる」(同11頁9~15行)と認定したことも、当事者間に争いがない。

2  本件全国大会各プログラム(本訴甲第8、第10、第12、第14、第16、第18、第20及び第22号証)及びこれらの全国大会の実行者である各県又は府の理容(業)環境衛生同業組合による証明書(本訴甲第9、第11、第13、第15、第17、第19、第21及び第23号証)によれば、全国理容競技大会は、全国理容環境衛生同業組合連合会が主催し、毎年、各都道府県単位の理容(業)環境衛生同業組合が実行者となって持ち回りで開催されるものであり、後援団体には、厚生省並びに開催地の各府県及び市等の自治体だけでなく、地元の新聞社及びテレビ局等のマスコミ各社も含まれているものと認められるところ、本件全国大会各プログラムは、同競技大会に全国から多数参集する競技参加者はもとより、一般入場者や全国各都道府県の理容業界団体にも配布されるものであって、昭和60年以降本件商標の出願前年の平成3年までの7年間における、各大会の関係者・選手などの参加者数及び一般入場者数並びに該プログラムの発行部数及び配布数は、別紙のとおりであり、その7年間の大会の合計参加者は9500人(年平均1357人)、合計入場者は28800人(年平均4114人)、プログラムの合計発行部数は31650部(年平均4521部)、合計配布数は28830部(年平均4119部)であるものと認められる。そして、本件全国大会各プログラムには、いずれも片面1頁全面あるいは見開き2頁全面にわたり、原告を表示する「アーチスト」の使用商標とともに、原告の業務に係る商品である「男性用かつら」と、原告の業務に係る役務である「かつらに関する研究及び販売者に対する助言、増毛法に関する研究及び販売者に対する助言」に関する具体的な広告が掲載されており、このことは前示のとおり、当事者間にも争いがない。

以上のとおり、全国の理容業界の関係者が多数参集し、一般の入場者も大勢参加する全国競技大会において、原告は、本件商標の出願以前相当長期間にわたり、その大会プログラムに、「アーチスト」の使用商標とともに、自己の業務に係る上記商品及び役務を広告として大きく掲載して表示していたのであるから、使用商標「アーチスト」は、本件商標の登録出願時、原告が「かつらに関する研究及び販売者に対する助言、増毛法に関する研究及び販売者に対する助言」に使用する商標として、取引者、需要者間に広く認識されていたものといわなければならない。

さらに、本件各機関誌(審決甲第4~第6号証、本訴甲第24~第26号証)及びこれを発行した茨城県理容環境衛生同業組合による証明書(本訴甲第27号証)によれば、該機関誌は、毎月4回発行され、その発行部数は、1回につき3500部余り、配布先は、茨城県理容組合加盟店約3450店及び全国理容組合47都道府県組合事務所であるところ、原告は、平成元年7月号から平成2年4月号までの間4回にわたり、該機関誌の下段数十行にわたり、原告を表示する「アーチスト」の使用商標とともに、原告の業務に係る商品である「男性用かつら」と、原告の業務に係る役務である「かつらに関する研究及び販売者に対する助言、増毛法に関する研究及び販売者に対する助言」に関する具体的な広告を掲載しており、その広告料は、10万5000円となるものと認められる。

そうすると、前記同様に、使用商標「アーチスト」は、本件商標の登録出願時において、原告が「かつらに関する研究及び販売者に対する助言、増毛法に関する研究及び販売者に対する助言」に使用する商標として、当該地域の取引者、需要者間に広く認識されていたものといえる。

以上のことを総合すると、その余の点について検討するまでもなく、審決が、「請求人の使用商標は、本件商標の商標登録出願時(平成4年12月28日)に我が国において、請求人が『かつらに関する研究及び販売者に対する助言、増毛法に関する研究及び販売者に対する助言』に使用する商標として、取引者、需要者間に広く認識されるに至っていたものとは認めることができない。」(審決書11頁24行~12頁4行)と判断したことは、誤りといわなければならず、このことが、審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は取消しを免れない。

3  よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

(別紙)

<省略>

平成9年審判第9102号

審決

京都市伏見区醍醐池田町10番地 トラヤハイツ4-A

請求人 株式会社アーチスト

京都府京都市下京区東洞院通四条下ル元悪王子町37番地 豊元四条鳥丸ビル 小林特許商標事務所

代理人弁理士 小林良平

京都府京都市下京区東洞院通四条下ル元悪王子町37番地 豊元四条烏丸ビル 小林特許商標事務所

代理人弁理士 竹内尚恒

茨城県結城市大字北南茂呂70番地

被請求人 株式会社 キスコム

東京都港区西新橋3丁目5番8号 渡瀬ビル 英立特許法律事務所

代理人弁理士 岡澤英世

上記当事者間の登録第3232126号商標の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

第1 本件商標

本件登録第3232126号商標(以下「本件商標」という。)は、別紙に表示したとおりの構成よりなり、第41類「かつらに関する知識及び技術の教授、増毛法に関する知識及び技術の教授」を指定役務として、平成4年12月28日登録出願、同8年12月25日に設定登録され、現に有効に存続しているものである。

第2 請求人の主張

請求人は、「本件商標の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」と申し立て、その理由を概略次のように述べ、証拠方法として甲第1号証乃至同第8号証を提出している。

1. 本件商標は、商標法第4条第1項第10号に該当するにも拘らず、登録されたものであるため、同法第46条第1項の規定により無効とされるべきである。

2. 請求人は、昭和60年2月に設立以来、「アーチスト」商標(以下「使用商標」という。)を用いて、男性用かつらの販売、並びに、それに付随するかつらに関する研究及び販売者に対する助言、増毛法に関する研究及び販売者に対する助言等の業務を行ってきた。

3. 本件商標の商標登録出願がなされた平成4年12月28日当時、使用商標は、既に請求人の製造に係る商品「男性用かつら」、並びに、請求人の業務に係る役務「かつらに関する研究及び販売者に対する助言、増毛法に関する研究及び販売者に対する助言」を表示するものとして、需要者の間に広く認識されていたもので、その証拠を以下に示す。

(1) 第32回関東甲信越理容競技大会プログラム(甲第1号証)

上記大会は、昭和63年(1988年)7月5日に、全国理容環境衛生同業組合連合会関東甲信越協議会の主催、千葉県・千葉市・千葉日報社・千葉テレビの後援の下、千葉市・川崎製鉄千葉体育館で開催されたものであり、該プログラムはその日以前に関係者に配付されたものである。

上記プログラムの49頁に、請求人千葉事業部の全頁広告が掲載されており、この広告中に「男のかつら ATSアーチスト」と、また、「おまかせ下さい!当アーチストが、ファイバー製品(化学の糸)の特長をフルに発揮し、すべて、システム化しバックアップ致します。」、「販売は、当社専門コンサルタントが、お店にかわって、お客様の自宅まで、日時を問わず販売の代行をします。」、「納品技術は、専任技術者を派遣し、あなたのお店にて納品代行を致します(個人講習兼用)。」、〔カツラの販売ノウハウ知識、技術等のゼミ講習に無料参加出来、自店のブランドの向上にお役立いただけます。」と記載されている。これらの記載は、使用商標が商品「男性用かつら」、及び、役務「かつらに関する研究及び販売者に対する助言、増毛法に関する研究及び販売者に対する助言」に関して陣用されていることを示している。

(2) 第40回全国理容競技大会プログラム(甲第2号証)

上記大会は、昭和63年(1988年)10月17日に、全国理容環境衛生同業組合連合会の主催、厚生省・鳥取県・鳥取市・日本海テレビ放送(株)・(株)新日本海新聞社の後援の下、鳥取県立産業体育館で開催されたものであり、該プログラムはその日以前に関係者に配付されたものである。

上記プログラムの152、153頁(裏表紙見開き)に、前記(1)と同じ請求人の全頁カラー広告が掲載されている。

(3) 第41回全国理容競技大会プログラム(甲第3号証)

上記大会は、平成1年(1989年)10月16日に、全国理容環境衛生同業組合連合会の主催、厚生省・石川県・金沢市・北国新聞社・北陸放送の後援の下、金沢市・実践倫理記念会館で開催されたものであり、該プログラムはその日以前に関係者に配付されたものである。

上記プログラムに、前記(1)と同じ請求人の全頁カラー広告が掲載されている。

(4) 理容茨城 102号 平成1年(1989年)7月10日発行(甲第4号証)

上記「理容茨城」は、本件商標の商標権者が居住する茨城県の理容環境衛生同業組合が発行する業界紙であり、その平成1年(1989年)7月10日号に請求人の広告が掲載されている。

上記広告中に「男のかつら ATSアーチスト」と、また、「カツラのノウハウや知識、技術を覚える機会がなかった等で来店するユーザーの要望に、これまで応じられなかったニューヘアーサロンオーナーの皆様!おまかせ下さい!当アーチストが形状記憶毛髪(化学の糸)の特長をフルに発揮し、すべて、システム化しバックアップ致します。」、「販売は、当社専門コンサルタントが、お店にかわって、お客様の自宅まで、日時を問わず販売の代行をします。」、「納品技術は、専任技術者を派遣し、あなたのお店にて納品代行を致します(個人講習兼用)。」、「カツラの販売ノウハウ知識、技術等のゼミ講習に無料参加出来、自店のブランドの向上にお役立いただけます。」と記載されている。これらの記載は、使用商標が商品「男性用かつら」、及び、役務「かつらに関する研究及び販売者に対する助言、増毛法に関する研究及び販売者に対する助言」に関して使用されていることを示している。

(5) 理容茨城 105号 平成2年(1990年)1月1日発行(甲第5号証)

上記「理容茨城 105号」には、102号よりも大面積の請求人の広告が掲載されており、上記と同一内容が記載されている。

(6) 理容茨城 106号 平成2年(1990年)4月30日発行(甲第6号証)

上記「理容茨城 105号」と同じ、請求人の広告が掲載されている。

(7) 讀賣新聞 平成2年(1990年)4月16日号(甲第7号証)

上記新聞の新潟地方面に、第37回県理容競技会が(平成2年4月)15日、新潟市体育館で開かれ、県内の理容師160人余りが腕を競ったことが報じられている。この記事中において、「男性かつらメーカー『アーチスト』主催のチャリティー募金『愛の募金』が行われた。」との記載があるが、これは請求人が男性かつらメーカーであることを示すと共に、同人が「男性用かつら」に関して用いている商標であることを示している。

(8) 下野新聞 平成2年(1990年)6月7日号(甲第8号証)

上記新聞に、(栃木)県理容環境衛生同業組合主催の第34回県理容競技大会が(平成2年6月)5日に、元今泉5丁目の(宇都宮)市体育館で開かれ、7月に開催される関東甲信越大会、10月の全国大会への出場者を決めるため、約80人の理容師たちが各種目に分かれて競技を行ったことが報じられている。この記事中において、「なお、この日会場は、男性かつらメーカー『アーチスト』栃木事業部が清涼飲料水を販売、その益金1万4千2百円が下野奨学会交通遺児基金に寄付された。」との記載がある。これは請求人が男性かつらメーカーであることを示すと共に、同人が「男性用かつら」に関して用いている商標であることを示している。

4. 以上、多数の証拠により明らかにされているとおり、使用商標は、本件商標登録出願時である平成4年12月28日の時点で、他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたものであるため、商標法第4条第1項第10号により、本件商標は登録されるべきでなかった。

第3 被請求人の答弁

被請求人は、「結論同旨の審決を求める。」と答弁し、その理由を概略次のように述べている。

1. 請求人は、本件商標に対し、請求書において、「本件商標は、商標法第4条第1項第10号に該当するにも拘らず登録されたものである。」とするいわゆる周知性を理由に、本件商標の登録無効を求め、審判請求に及んだものである。

すなわち、請求人は、証拠として甲第1号証乃至同第8号証を挙げ、これら証拠より、使用商標は既に請求人の製造に係る商品「かつら」、並びに同人の業務に係る役務「かつらに関する研究及び販売者に対する助言、増毛法に関する研究及び販売者に対する助言」を表示するものとして、需要者の間に広く認識されていたと主張している。

しかし、本件商標の指定役務は、「かつらに関する知識及び技術の教授、増毛法に関する知識及び技術の教授」であり、請求人が主張する商品及び役務とは異なる。

2. また、甲第1号証乃至同第8号証における「アーチスト」なる表示は、商標と別個の機能を有する標識である商号として使用されているものであって、各種の証拠のうち、甲第1号証乃至同第6号証は、いずれも「かつら」を取り扱う(販売する)理容店を募集するための広告であり、その一部分に請求人が表示されているし、甲第7号証及び同第8号証では、「男性かつらメーカー アーチスト」と記載されている。したがって、各証拠に表示されている「アーチスト」は、役務の同一性を表示するために使用されているものではなく、商号として使用されているものである。なお、通常、「かつら」は、1種類ではなく、多くの形状と種類のものがあり、形状及び種類毎の「かつら」にそれぞれ別個の商標が付されるのが普通で、1社のかつらメーカーから製造される「かつら」が1種類しかないことはほとんどなく、複数の「かつら」を製造するのが普通で、これら複数の「かつら」に同一の商標が付されるとは到底考えられず、この観点から見ても明らかに証拠だけからでは、「株式会社 アーチスト」なる表示は、商号として使用されているもので、「かつら」等の商品等について使用されているものではない。また、増毛法等についても同様のことがいえる。

3. さらに、請求人は、甲第1号証乃至同第8号証から、使用商標は既に、いわゆる周知になっている標識であると主張しているが、周知は事実の問題であり、これを直接的、客観的に証明する方法はないから、商標の使用状況に関する事実を把握して間接的に使用より広く需要者間に認識されているか、すなわち周知となっているか否かを認定する外はない。使用状況に関する事実の把握は、いわば量的に当該商標の使用の事実を認定し、それによって間接的ではあるが当該商標の需要者への浸透度を量り(推定し)、その大小ないしは広狭により当該商標の周知を認定しようとするものである。

このことを踏まえ甲第1号証乃至同第8号証をみると、まず甲第1号証乃至同第3号証は、関東甲信越理容競技大会及び全国理容競技大会のプログラムであり、これら大会のプログラムは全体の半分以上の頁に様々な広告が掲載されており、その1頁又は2頁に請求人の全頁広告(全国大会のプログラムでは全体の3分の2以上の頁に広告)が掲載されているものである。該プログラムは、各競技大会毎に異なるが、例えば全国大会では約1500部発行されていると推定されるが、実際、各大会では一般者の見学が少なく、プログラムが役員及び出場者(両者で約350部)以外にでまわる数はせいぜい200部程度であるとみられるので、該プログラムからでは、需要者の間に広く認識されていたと認定することができない。なお、平成4年における理容組合の全国の組合員の数は約11万5千人である。

つぎに甲第4号証乃至同第6号証は、茨城の理容組合が発行する業界紙であり、一般の需要者がこの業界紙をみる機会は少なく、しかも配付される組合員も紙上に掲載されているすべての広告を見るわけではない。また、甲第7号証及び同第8号証は、讀賣新聞の地方版及び地方新聞の一部に掲載されたものであり、これらはいずれも募金や寄付による行為に対して掲載されたもので「かつら」等に関しての記載は何もなく、新聞の一頁の一部分でしかも1回新聞に掲載されただけでは周知性が発生するとは思われない。

したがって、甲第1号証乃至同第8号証からでは、使用商標が、需要者の間に広く認識されていたものとは認められない。

4. 以上のように、本件商標につき、請求人の「本件商標は、商標法第4条第1項第10号に該当するにも拘わらず登録されたものである」との主張は、全く根拠の無いものである。

第4 当審の判断

よって判断するに、請求人は、使用商標を昭和60年2月以来、自己の業務に係る商品「男性用かつら」、並びに自己の業務に係る役務「かつらに関する研究及び販売者に対する助言、増毛法に関する研究及び販売者に対する助言」に使用し、本件商標の商標登録出願がされた平成4年12月28日当時、既に請求人の業務に係る上記の商品並びに役務を表示するものとして、需要者間に広く認識されていたものであると主張し、その証拠として甲第1号証乃至同第8号証を提出している。

そこでまず、提出に係る甲第1号証乃至同第3号証をみるに、これらは、本件商標の商標登録出願日以前の昭和63年7月5日、並びに同63年10月17日及び平成1年10月16日に開催された、関東甲信越、或いは全国を対象とした理容競技大会のプログラム(抜粋;各写し)であって、該プログラム中には、請求人の使用商標の表示とともに、請求人の業務に係る上記の商品、並びに役務に関する広告が掲載されていることが認められるものの、該広告に関する周知性を客観的に判断するための、前記理容競技大会の入場者数、該プログラムの印刷数、その配布対象及び配布数、並びに広告費用等が明示されていない。

つぎに、甲第4号証乃至同第6号証をみるに、いずれも、本件商標の商標登録出願日以前の平成1年7月10日、同2年1月1日及び同2年4月30日に発行された、茨城理容環境衛生同業組合の機関誌(業界誌;各写し)であって、該機関誌中には、請求人の使用商標の表示とともに、請求人の業務に係る上記の商品、並びに役務に関する広告が掲載されていることが認められるものの、該広告に関する周知性を客観的に判断するための、該機関誌の発行部数、販売地域、購読者数、広告回数及び広告費用等が明示されていない。

さらに、甲第7号証及び同第8号証をみるに、これらは、本件商標の商標登録出願日以前に発行された、全国紙及び地方紙の記事(各写し)であって、該記事中には、請求人による募金、寄付に関する記載が認められるにすぎない。

してみると、請求人の主張及び甲第1号証乃至同第8号証を総合勘案しても、請求人の使用商標は、本件商標の商標登録出願時(平成4年12月28日)に我が国において、請求人が「かつらに関する研究及び販売者に対する助言、増毛法に関する研究及び販売者に対する助言」に使用する商標として、取引者、需要者間に広く認識されるに至っていたものとは認めることができない。

したがって、本件商標は、商標法第4条第1項第10号に違反して登録されたものということはできないから、本件商標の登録は、同法第46条第1項の規定により、その登録を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成10年10月27日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

別紙

<省略>

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